【巻頭言】

酵素工学とスクリーニング

浅野泰久

富山県大・工

 

酵素工学分野で定期的に開催される国際会議には、酵素工学研究会の発足とも縁が深く40年近い伝統があるEnzyme Engineering、欧州各地で開催されるiotrans、米国のGordon Conferenceの中のBiocatalysis、ドイツのHamburgで開かれるBiocat、などがある。Enzyme Engineeringは、酵素分子のEngineeringから酵素反応の産業化へのEngineeringを含むオールラウンドな学会である。Biotransは有用物質の合成に興味を持つ研究者を多くひきつけている。Gordon ConferenceのBiocatalysisには、有機化学者を始め、酵素の反応機構の研究者など種々の背景の研究者が集まっている。Biocatは、この中では一番若い学会であり、好熱性微生物、酵素の構造の研究、およびそれらの利用を含む学会である。また、2006年10月には我が国で日中韓酵素工学会議が盛大に開催されたことは記憶に新しい。その他、本研究会会員のご尽力により、我が国を含む二国間で独自に開催されている酵素工学関連の会議も多い。このように少しずつ傾向は異なるものの、以前はこの分野で恐らく唯一の国際会議であったEnzyme Engineeringが開拓した酵素工学の分野は大発展し、類似の国際学会が開催されるまで拡大していること、それらに我が国の諸先輩の研究が大きく寄与してきたことは、本研究会の一会員として誇りに思うところである。

ところで、2009年にスイスのBerne で開催されるBiotrans 2009が扱うトピックの筆頭にDirected evolution and screeningが掲げられている。この種の会議でスクリーニングという言葉に出会うのは久しぶりであったので一種の感慨を覚えた。進化分子工学(Directed evolution)は、酵素たんぱく質等を遺伝子レベルで改変し、目的の活性をスクリーニングする手法であり、筆者もこの手法を用いていくつかの産業用酵素を開発している。スクリーニングは、酵素たんぱく質を部分的にはデザインするが、結果として多数の候補の中から優れた性質を選択する操作であり、従来から行われて来た微生物、酵素を対象とした技術を含む。スクリーニングの話題が持ち出されるのは、多くの研究者が酵素たんぱく質分子の未知の可能性を期待しており、実用化に至る例が得られていることを示すものであろう。ゲノム時代を迎えて、生物の遺伝子情報は加速度的に蓄積され、多くの酵素分子の構造が明らかになった。これらに関するインターネット情報も溢れんばかりである。そのような中、なぜ進化分子工学と組み合わされてトピックスとして取り上げられるのだろうか?

酵素工学研究は多様な分野を含むが、その研究手法は多様化、精密化されており、論文のレベルも高くなっている。一方、新しい生体触媒活性を得ることは、我々が生物界に直接働きかけることができる最も積極的な手法の一つであり、酵素工学研究の上流に位置する部分であると思われるが、それについて書かれた成書や総説はほとんどないのが現状である。つまりスクリーニングの手法は多岐にわたるので、その全貌は明らかになるような性質のものとは言えない。しかし、多くの産業用酵素や新反応が、その手法によって得られている事実は以前と変わらず、この分野のハイライトの一つであり続けている。西欧では、スクリーニング研究の歴史が乏しかったことも理由の一つであろう。研究は、一般化と特殊化の間を揺れ動き、特殊を極めた出口の一つが産業化である。一旦産業化されると、それは一般化の道をたどる。特殊を求めるスクリーニングが長らく必要になるのも、人類の自然に対する理解がいまだ乏しいからであり、その重要性からスクリーニングをサイエンスとして捉えることが必要と思われる。

筆者は上記の学会のいくつかに参加した経験があるが、我が国がかつて優位であったこの酵素工学分野は、国際的な大競争に巻き込まれている。諸先輩によって築かれた酵素工学研究会が、酵素の実用化の輝かしい伝統を持つ我が国有数の研究会として国際的な情報発信を行い、大発展されることを期待したい。