【巻頭言】
酵素工学雑感:科学絵本とノーベル賞に学ぶ
中村 聡
東工大院・生命理工
昨年11月に「酵素工学研究会30周年記念シンポジウム」を終え、本研究会は新時代を迎えようとしている。これまでの酵素工学は、産業界と学術界の研究者が同じ土俵の中で切磋琢磨することで、類い稀なる発展を遂げてきた。その結果、固定化酵素技術を始めとして、多くの産業分野において我が国発の輝かしい実績を生み出すに至っている。それでは、もともと実学として発展してきた酵素工学という学問分野は、今後、どのような方向へと進化していくのであろうか?もちろん、実学としての酵素工学にも発展の余地は多々あろうが、それと同様に重要なことが、これまでにない新しい分野の開拓・創成であろう。そして、そのような分野の開拓・創成こそ、我々学術界に籍をおく研究者に課せられた責務といえる。
先日、絵本作家のかこさとし(加古里子)氏の講演を聴く機会があった。かこ氏は、東京大学工学部で応用化学を専攻し、化学会社への勤務経験もお持ちの科学者でもある。代表作には「だるまちゃんとてんぐちゃん」、「からすのパンやさん」などがあり、本研究会の会員諸兄も幼少時に1冊くらいはお読みになられたことがあるかと思う。そして、かこ氏は自らが科学者であることを活かし、多くの科学絵本も手がけている。講演の中でかこ氏は、「子どものもつ生きる意欲、知ろうとする努力、理解できた喜び─この純粋な集中する態度は研究者・科学者と同様であり、子どもを小さなアインシュタインとよぶ所以である」と述べている。大人になってから、かこ氏の科学絵本を読むと、82才のかこ氏の子ども顔負けの豊かな感性とユニークな視点に驚かされる。大人の研究者の年齢にさしかかりつつある筆者も、かこ氏には遠く及ばないながらも、せめて自身の子ども時代の感性・視点を思い出し、酵素工学分野における新しい分野の開拓・創成の糧としていきたい。
本研究会30周年記念シンポジウムの直前に、4人の日本人研究者のノーベル賞受賞が報道された。中でも本研究会会員の多くの関心を集めたのは、下村脩氏(米国ボストン大学名誉教授)のオワンクラゲ由来緑色蛍光タンパク質(GFP)の研究であろう。この研究は、氏の感性と学問的興味に基づく情熱により推進されたものと位置づけられよう。ただし、下村氏のノーベル賞受賞に際しては、GFPの応用の可能性に注目した研究者の存在も重要であったという。下村氏のGFP研究は、基礎研究者から応用研究者へのバトンタッチが上手に行われた好例であろう。その意味では、基礎研究者と応用研究者の出会いの場を提供する本研究会の役割は重要であり、今後も産業界と学術界の研究者が互いに対等な立場で討論を行う体制を堅持していくことが肝要である。本研究会会員による基礎研究成果が本研究会会員の手によって産業応用され、ノーベル賞を合同受賞する日を夢見つつ、これからも学生と一緒に自身のサイエンスを楽しんでいきたいものである。