【巻頭言】

イノベーションを具現化するために

松前裕明

田辺三菱製薬株式会社・CMC本部バイオプロセス研究所

 

本年1月より、片岡道彦会長、中村聡副会長とともに副会長の職を拝命致しました。役員の皆様及び会員の皆様と共に、微力ながら本会の発展に尽力したいと考えますので、ご支援をよろしくお願い致します。

本研究会の発展及びこれからのバイオ技術の進展を図るためにはどのような施策があるのか考えていた時に、ヨーゼフ・シュンペーター (経済学者) の「馬車をいくら連続的に加えても、それによって決して鉄道を得ることはできない」という言葉を目にしました。実際に、鉄道 (機関車) の発明は、馬車カンパニーからは生まれることはなく、繊維産業の動力源にヒントを得ており、従来の延長線上ではなく、まったく別のところから起きる変化がイノベーションの特徴であることを示したものです。同じ時期に「イノベーションを具現化する企業であり続けるために」という内容の講演を聞く機会があり、「イノベーションとは何ですか?」との問いかけをする中で、「顧客を満足させることができない技術はイノベーションではない」とのお話を伺うことができました。一方で、『トーマス・ワトソンやトーマス・エジソンは何れも発明したコンピューターや蓄音機が世の中に普及するとは思っていなかった。IP電話が出てきた1990年代に、固定電話にとって代わり世の中に普及するとは考えられなかった』というように、イノベーションのアイデアが生まれた時にはその将来を予測する現状把握はとても難しく、洞察力や経験を積むことが必要となってきます。

私が田辺三菱製薬株式会社 (旧、田辺製薬株式会社) に入社した1980年代は、アミノ酸発酵全盛期の時代で、弊社では固定化酵素技術を用いたアミノ酸製造の工業化が既に実施されており、その技術を有機溶媒/水の2相系膜型バイオリアクターへと応用した光学活性医薬品製造技術についても工業化へと導いて参りました。時を同じくして、抗体医薬品 (レミケード) の導入検討が弊社で進んでいましたが、まだ本当に医薬品になるかどうか分からない芽の段階であり、自らの部署では酵素を用いた光学活性医薬品製造技術が実用化への軌道に乗っていたこともあり、新しいバイオ技術の芽について、私自身はその将来の発展性に気づくことができませんでした。

新しいイノベーションの芽は、身近に育ってきていても、まだ、その市場性が明確でない場合には育たないことも多く、近年、小さな芽を大きく伸ばしていくために会社の垣根を越えた「オープンイノベーションの重要性」という言葉をよく耳にします。医薬品業界においては、新規性の高い医薬品については、アカデミアやバイオベンチャーに依存する割合が増えてきており、新薬創生のためにはオープンイノベーションが不可欠な時代となってきています。アイデア段階から実用化に近い段階の研究、さらには知的財産の強化をも視野に入れて、共同研究の公募を推進する企業が増えており、年間数百といった公募がなされています。その結果として、シーズの発掘だけでなく、人材交流の活性化も進んできています。

2012年の世界の大型医薬品売上ランキングを見ると、バイオ医薬品がトップ10の内7品目を占めています。そのうち5製品がモノクローナル抗体となっており、バイオ技術の重要性が再認識されてきています。また、広く微生物や動物細胞を利用する物質生産技術に加えて、環境やエネルギー問題解決へもバイオ技術の重要度が広がっています。今、バイオ技術が更なる発展を迎えるにあたって、「馬車をいくら連続的に加えても、それによって決して鉄道を得ることはできない」という言葉を受け止めて、一歩踏み込んだ異分野交流が必要な時代になってきていると考えます。

酵素工学研究会は、1970年代の発足以来、異分野の研究者が基礎研究だけでなく実用化を目指して議論できる場として、また、諸先輩方が酵素工学国際会議あるいは日中韓酵素工学会議の開催にも尽力され、世界のフロントランナーとなって酵素工学の発展に寄与してきたと考えています。日本が元々得意な分野としている酵素工学に広く目を見開いて、日本が世界をリードできる研究開発を酵素工学研究会として後押しし、世界に役に立つ「顧客を満足させることができるイノベーション」を成し遂げるために、酵素工学研究会の一員として、「一歩踏み込んだ異分野交流、産学官共同研究実現の場」としての酵素工学研究会となるべく、諸先輩方及び新進気鋭の若手研究者と共に新しい潮流が築けるように、微力ながら貢献していきたいと思います。

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