【巻頭言】

固定化の研究

関  実

千葉大院・工

 

小生が学生の頃は、酵素工学の分野では、「固定化技術」が重要なキーワードの一つになっていて、自身の研究にも直接関係していたので、当研究会の発表に学ぶことが多かったように記憶しています。卒業研究を始めた頃は、イラン革命に続く第二次オイルショックの後で、石油の備蓄に加えて、省エネルギー・代替エネルギーの技術開発促進が叫ばれていて、現在の我が国の状況と少し似たようなところもありました。米国のロッキー・マウンテン研究所の物理学者エイモリー・ロビンスが「ソフト・エネルギー・パス」 (1979) という本を出版して話題になり、来日した時に講演を聞きに行ったこともありました。彼の予測によれば、2010年頃には、全エネルギー需要の70〜80%は再生可能エネルギーで賄えるとありましたし、当時の米国大統領諮問委員会のレポートには、2000年には化学製品の25%がバイオマス原料由来になると書いてあったように思います。

当時、輸入原油に過度に依存した産業構造になっており、その供給体制が脆弱であったことへの反省から、石油の備蓄に加えて、石油代替エネルギーの開発が急務と考えられ、その推進母体として、新エネルギー総合開発機構 (NEDO) が発足したのが1980年でした。間もなく、通産省所管のアルコール製造・販売事業を継承し、石油代替エネルギーとしてのアルコールの製造研究を開始しています。その後、1988年に産業技術の研究開発業務が追加され、新エネルギー・産業技術総合開発機構と名称を変え、国内最大規模の競争的研究資金配分機関となったことは、皆様ご承知のことと思います。

一方、同じ1980年には、同じく通産省の主導で23社から成る新燃料油開発技術研究組合 (RAPAD) が設立されてバイオマスからの燃料用エタノールの製造研究が開始されています。このような背景もあって、小生の卒論のテーマは、「固定化酵母によるエタノール発酵」に関するものでした。御承知のように、1960年代に田辺製薬の千畑先生のグループで成功した固定化酵素プロセスの工業化は、酵素の産業利用の歴史の中で画期的なことで、1980年代には、固定化酵素研究の延長線上に、各種生細胞を固定化したバイオリアクターの開発が盛んに研究されていました。しかし、エタノール製造に関しては、1980年代半ばに、原油価格の低下等から研究が停止してしまったように思います。その後、ご承知のような2000年頃からの原油価格の高騰と地球温暖化への危惧もあって、バイオエタノールブームが起きたことを見ると、研究の必要性も社会の外的環境に大きく左右されると実感します。

固定化技術は、生体触媒の有効利用技術として発展してきました。当初は、生物変換による物質生産や廃水処理のようなバイオリアクターの分野で、続いて、バイオセンサーのための生体素子の捕捉方法としても興味が持たれて研究が進展してきました。固定化 (immobilization) という語で論文検索をしてみると、現在も発表される論文は年々増加しており、毎年、1980年代の10倍くらいの数が公表されています。雑誌の数が増えて、どの分野でも論文が増えていることを考慮しても、この種の研究の必要性は依然として高いように思われます。ただし、その内容は変遷してきており、タンパク質化学的な酵素の構造と活性の理解や、生体内での酵素と他の構成成分との相互作用の詳細な理解と相俟って、タンパク質の配列技術・操作技術としての重要性が増し、高感度のセンシング、分離材料、酵素的精密合成、酵素電池等に必須の要素技術として発展してきているようです。

技術ロードマップのような将来予測が数多く作成されています。当然のことながら、30年も50年も先の社会に必要な技術を正確に予測することは困難な訳ですが、加えて最近は、研究の分野でも「目利き」という少数の識者に、道案内を期待するような風潮もあります。一つの方法として有効に働く場合もあると思いますが、予測できないところに画期的な進歩が生まれることも多いのだと謙虚に了解しておくことも重要であると痛感するこの頃です。

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