【巻頭言】
再生医療と酵素工学
柿谷 均
東ソー株式会社
昨年11月に再生医療関連2法が施行された。再生医療新法 (再生医療等安全確保法) と改正薬事法 (医薬品医療機器等法) である。経済産業省と厚生労働省が省庁の垣根を越え協力して策定に至ったこと自体異例であるが、なんといっても世界に先駆けて再生医療関連製品の承認申請にファストトラックの枠組みを作ったことが、こうした分野に関わる研究者や産業界を大いに興奮させている。経済産業省は再生医療の将来市場規模予測として2030年に国内だけでも1兆円、世界では12兆円という数字を示し、関係者を驚かせた。さらに再生医療では全体の市場規模に占める周辺産業の市場規模の割合が高くしかも多様な産業が関係するというシナリオが示され、これまで静観していた企業も「バスに乗り遅れるな」とばかりに再生医療に対して熱い目を向け始めている。
こうした状況は筆者が社会人として仕事を始めたころの第一次バイオブームに似ていなくもない。今から30〜35年前のことになる。当時の先導役はなんといってもアメリカで始まった遺伝子工学だった。製薬企業のみならず様々な異業種が「バイオテクノロジー産業」に参入し、それらのほとんどが無残にも散っていった。
歴史は部分的には繰り返すが、同じ状況は決して巡って来ない。再生医療に関して我々が歴史から学べることは何だろうか。私は当時と比べて@同じこと、A似ていること、Bかなり違うこと、Cまったく違うこと、の4つに分けて要因 (先端技術の可能性、マーケット、産業インフラ、経済状況、国際関係、国民のマインドなど) を分析し、またかつての勝者 (Roche-Genentechグループなど) の成功要因が何であったか、その要因は今でも有効か、といった考察やディベートをしてみると面白いのではないかと思っている。
私は再生医療に関して過度の期待を抱いてはいないが、仮に上記のような考察を徹底的にしてもなお将来のイメージが収束しないだろうと思えるところに (逆説的だが) 再生医療の魅力があると感じている。また日本にとってみればiPS細胞を生んだことの意味が大きい。国産の技術を持ったことが日本人に自信を与え、世界をリードしようというモチベーションを高めているようにも見える。こうした機運は生命科学において日本人があまり経験しなかったことであり、アカデミア、産業界そして行政にも「世界に先んじて」新たな地平を切り開こうというムードが感じられる。
もう一度第一次バイオブームのころを思い出してみよう。酵素工学にとってどんな時代だっただろうか。まず思い出されるのが固定化酵素の流れである。固定化酵素の歴史は古く、1960〜70年代に大きく発展して各種のL-アミノ酸や有機酸の生産技術としての有用性が報告された。そして第一次バイオブームのころには酵素遺伝子のクローニングと遺伝子工学的な酵素生産へとつながっていった。有用微生物のスクリーニングと遺伝子組換えの技術が競うように発展した時代だったように思う。当時筆者の勤める東ソーでは相模中研との共同研究で確立していたアスパルテームの「酵素・化学ハイブリッド合成プロセス」で固定化酵素の可能性を追求したが、このプロセスでは酵素固定化によるメリットが見出されなかった。また今中忠行先生 (当時は大阪大学) のラボに研究員を派遣してサーモライシンの遺伝子を単離した。その後酵素遺伝子に変異を導入して改変酵素を作り、その有用性を以って天然酵素を置き換えようと努力したが、当時は遺伝子改変微生物に対する消費者の忌避感情がぬぐえないということで研究開発の成果は日の目を見ずに終わった。このように結果だけから見れば「無残に散っていった」歴史であるが、それでも先端技術に食らいつく伝統が今日まで引き継がれていることは先人達の目に見えない遺産であり、今後も受け継いで欲しいと願っている。
表題に掲げた「再生医療と酵素工学」という組み合わせに違和感を覚えた読者は多いと思う。確かに今の時点で両者の結びつきは強くない。しかし私は再生医療においても酵素が重要な要素技術になってくる日が来るに違いないと考えている。たとえば近年ゲノム編集に盛んに用いられるようになったCRISPR/Casは今後さらに改良されて再生医療に使えるほど安全性の高い技術になるかも知れない。もちろんこれだけではない。今はまだ誰も知らない酵素の使い方が再生医療を安全で安価なものにする、そんなブレークスルーがあってもいいではないか。私はそうしたブレークスルーをもたらす可能性を秘めた若い人達のサポーターでありたいと思っている。