【トピックス】

油脂加工における酵素の利用と可能性

木田晴康

不二製油株式会社

 

1.はじめに
油脂は、その主要成分であるトリアシルグリセロール (トリグリセリド) の構造 (脂肪酸種とエステル結合位置) により、その物理性状及び栄養機能が決定づけられる。

一方、一般的に酵素は、水溶性であり油脂には溶解しない事もあり、糖質関連産業 (アミラーゼ等利用) や蛋白質関連産業 (プロテアーゼ等利用) に比べて、油脂関連産業 (リパーゼ等利用) での利用例は多くない。しかし、1980年代からリパーゼ研究 (結晶構造研究や有機溶剤中での反応等) が活発化されると共に、リパーゼを用いた構造脂質の製造に利用され始め、現在では様々な用途の油脂に利用が広がっている。

本稿では、食用加工技術、特にリパーゼを用いた油脂加工製品の製造を中心に記載する事とする。

2.油脂加工技術と酵素

2-1 油脂加工技術
油脂製品に用いられる加工技術には、硬化 (水素添加)、分別、エステル交換の3種類があり、各加工技術を単独あるいは組み合わせる事と原料油の選択・組合せにより、各種用途に適した物理的特性を持つ加工油脂が製造されている。

2-1-1 硬化 (水素添加)
油脂中の脂肪酸の不飽和脂肪酸の二重結合に水素を付加して、融点・硬さの上昇、可塑性の向上、酸化安定性の向上を目的に実施される。マーガリン・ショートニングやフライ油等幅広く用いられている。但し、近年、トランス脂肪酸問題が注目され、トランス脂肪酸を多く含む部分水素添加油の利用は減少傾向にある。

2-1-2 分別
油脂中の高融点成分と低融点成分を融点差によって分ける技術で、低融点化 (作業性向上)、飽和脂肪酸型トリグリセリドの濃縮、中融点成分の濃縮 (口どけ向上) 等の目的で実施される。チョコレート用油脂やパーム系油脂の加工等に広く用いられている。

2-1-3 エステル交換
油脂 (トリグリセリド) 中の脂肪酸種の変更や、エステル結合部位の変更を行う技術であり、化学触媒を用いる化学エステル交換法と酵素 (リパーゼ) を用いる酵素エステル交換法の2種類の方法がある。化学法はマーガリン・ショートニング等に広く用いられ、酵素法はチョコレート用油脂等の構造脂質の製造に用いられている。また、本技術は、トランス脂肪酸問題が表面化してから、部分水素添加油脂の代替技術として、その利用が広がっている。

2-2 リパーゼを用いた酵素エステル交換技術
リパーゼは、本来加水分解酵素であるが、逆反応も触媒する為、反応としては、加水分解反応 (エステル結合の加水分解)、エステル合成反応 (エステル結合の脱水合成)、エステル交換反応 (エステル結合の交換反応) の3種がある。

また、広義のエステル交換には、エステル交換 (エステル結合間)、アシドリシス反応 (エステル結合〜脂肪酸間) やアルコリシス反応 (エステル結合〜アルコール間) が含まれる。

加水分解酵素であるリパーゼをエステル合成反応やエステル交換反応に使用する場合は、水分調整条件下 (低水分条件下や脱水条件下) で使用する必要があり、最適な酵素種 (低水分条件下での反応性、耐熱性、位置選択性、脂肪酸選択性等) を選択する事は勿論、反応条件 (水分、反応時間、温度等)、固定化方法、反応装置 (バイオリアクター) 等について最適なものを選択する必要がある。

リパーゼによるエステル交換反応と化学エステル交換を比較すると、酵素法では、水洗等の後工程が不要で風味・色調が良好であり、廃水が出ない等のメリットがあるが、最大の利点は、酵素の特異性 (位置特異性や脂肪酸特異性等) を用いた製品 (構造脂質等) を製造出来る点にある (表1)。

表1 酵素法と化学法の特徴の比較

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3.リパーゼによる加工技術を用いた油脂製品
リパーゼ反応の食用油脂への利用については、1980年代のCBE (Cocoa Butter Equivalent) の生産 (エステル交換反応) に遡るが、その後BOB脂・OPO脂・MLCT等の構造脂質 (エステル交換反応)、PUFA (多価不飽和脂肪酸) 高含有油脂 (加水分解反応)、ジアシルグリセロール (エステル合成反応) 等の製造に広がっており、それぞれについて簡単に記載する。

3-1 SUS型油脂 (1,3飽和脂肪酸-2不飽和脂肪酸型トリグリセリド)
世界で最初に本格的に固定化リパーゼによるエステル交換技術が実用化されたのが、1,3位選択性リパーゼを用いたCBE (SUS型油脂) の生産である1)

本プロセスは、高オレイン酸油脂 (OOO) とステアリン酸 (又はエチルエステル) を基質として、1,3選択性リパーゼの固定化酵素を用いてトリグリセリドの1,3位をステアリン酸に置換し、SOS脂 (1,3ステアリン酸-2オレイン酸型油脂) を製造するというものである (図1)。本技術が完成するまでは、SOS脂は、天然の野生植物 (シア脂やサル脂等) を原料に分別により生産されており、生産量・価格・品質等の不安定性の課題を抱えていたが、高オレイン酸ひまわり油等の油脂から生産出来る様になり、これらの面が大幅に改善され、酵素法のSOS脂が世界中のCBE用途に広く用いられる様になった。

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図1 SUS脂 (SOS,BOB)、OPO脂の製造

また、同様のプロセスでチョコレート用の機能性油脂であるBOB脂 (1,3ベヘン酸-2オレイン酸型油脂) も生産されている (図1)。このBOB脂を用いたチョコレートは、夏場にチョコレートが溶解する様な温度 (37℃程度) に晒されてもブルームが出にくい機能や高温でテンパリング状態 (安定結晶化状態) を保持できることから、日本のチョコレート産業において、耐ブルーム脂やテンパリングシード剤として欠かせないものとなっている2)

3-2 OPO型油脂 (1,3オレイン酸-2パルミチン酸型トリグリセリド)
上記SUS型油脂とほぼ同様のプロセスにて、OPO型油脂が高パルミチン酸油脂 (PPP脂) とオレイン酸 (又はエチルエステル) から生産されている (図1)。

母乳中の油脂の2位にはパルミチン酸が多く配向しており、乳児の生育に必要なパルミチン酸及びカルシウムの吸収率が高い事が判っている。その為、OPO型油脂は、主に海外で母乳代替油脂として育児粉乳に一部配合して利用されている。

3-3 栄養健康機能性油脂
リパーゼによる加工油脂は、様々な栄養健康油脂に利用されており、その例としては、エステル合成反応 (1,3位選択性リパーゼ利用) によるジアシルグリセロール生産、エステル交換反応によるMLCT (中鎖・長鎖脂肪酸トリグリセリド) の生産、加水分解反応による高PUFA含有油脂の製造 (高DHA油脂や高EPA油脂) 等があり、それぞれについて簡単に記載する。

3-3-1 ジアシルグリセロール
ジアシルグルセロールは、1990年代末に特定保健用食品として認可された食用油脂 (2009年に生産中止) の主成分で、体内で再合成されにくく、血中中性脂肪の上昇や体脂肪蓄積を抑制するとされている。

本生産プロセスは、グリセロールと脂肪酸とのエステル化 (脱水反応) により生産され、1,3位選択性リパーゼを用いる事で主に1,3ジアシルグリセロールを効率的に製造するというものである3)(図2)。

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図2 ジアシルグリセロールの製造

3-3-2 MLCT (中鎖・長鎖脂肪酸トリグリセリド)
MLCTは、2000年に特定保健食品に認可された食用油脂であり、含まれる中鎖脂肪酸 (C8、C10脂肪酸) が肝臓で効率的に燃焼する為、血中中性脂肪の上昇や体脂肪の蓄積を抑えるとされている。

本生産プロセスは、液状油とMCT (中鎖脂肪酸トリグリセリド) を粉末リパーゼにてエステル交換を行う事で生産される4)(図3)。

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図3 MLCTの製造

3-3-3 高PUFA (多価不飽和脂肪酸) 含有油脂
魚油等に含まれるDHA (ドコサヘキサエン酸) やEPA (エイコサペンタエン酸) 等のPUFAを濃縮する方法としてリパーゼの脂肪酸特異性を利用した方法が利用されている。

リパーゼの中にはPUFAを分解しにくいものが多いが、特にCandida rugosaリパーゼの様なこの特性が強いリパーゼを用いて、魚油の加水分解を行いPUFA以外の脂肪酸のエステル結合を加水分解し、結果的にDHAやEPAの様なPUFA含量の高いグリセリドを製造するというものである5)(図4)。

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図4 脂肪酸特異性リパーゼによるPUFAの濃縮

3-4 低トランス油脂
2000年代以降、欧米を中心にトランス脂肪酸の健康懸念が指摘され、トランス酸を多く含む部分水素添加油 (部分硬化油) の使用は大幅に減少している。 部分硬化油は、酸化安定性や結晶特性 (可塑性や固化特性等) 等の物理性状に秀でているため、マーガリン・ショートニングやフライ油等多くの食品に使用されており、2000年代まで、特に米国では大豆油の部分硬化油が広く使用されていた。

上記トランス脂肪酸問題が表面化して以降、部分硬化油の代替が種々検討された結果、マーガリン・ショートニング用油脂を中心に、パーム系油脂とラウリン系油脂のエステル交換油が多く用いられる様になっている。

通常、この用途には化学エステル交換が用いられるが、最近は安価なエステル交換用の固定化酵素6)も市販されており、酵素法も用いられている7)

4.おわりに
油脂加工への酵素 (リパーゼ) の利用は、1980年代のCBE生産に始まり、栄養健康油脂等の高機能性油脂の生産に展開され、現在は低トランス油脂といった汎用性油脂への利用に広がっている。

特に、低トランス油脂については、2015年6月には、米国のFDAがトランス脂肪酸を多く含む部分水素添加油脂をGRAS (一般に安全と認められるもの) の対象から除外する規則を決定し、米国では食品としての使用が禁止される事が決定された事から、この余波は、日本にも広がる事が予想され、益々酵素法を含むエステル交換油の重要性が増すものと思われる。

また、酵素法のエステル交換は、廃水が無く、環境に優しい加工技術としてノンケミカルのイメージと共に今後広がるものと思われる。

一方、リパーゼ研究については、他酵素 (アミラーゼやプロテアーゼ等) に比べ研究例が少なく、まだまだ解明されていない点も多いのが現状である。今後、リパーゼ研究が活発化され、新しい機能・酵素 (2位選択性リパーゼ等) の研究が行われ、新しい製品に繋がる事を期待したい。

文献
1) 西元次雄, 和泉次夫, 久保田隼人: 油化学, 41, 960 (1992).
2) 木田晴康: 月刊フードケミカル, 9月号, 76 (2006).
3) 森健太: Foods.Food ingredients.J.Jpn, 210, 115 (2005).
4) 根岸聡: オレオサイエンス, 4, 417 (2004).
5) 冨永嘉男, 杉原耿雄, 島田裕司, 丸山一輝, 椎名智香子, 中山秀, 今村茂行, 清水俊雄: 特開平8-89265 (1996).
6) 大門浩作: オレオサイエンス, 1, 851 (2001).
7) 安倍京子: BIO INDUSTRY, 19, No.11, 62 (2002).

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