【追悼文】
Immobilized Enzyme の先達 千畑一郎博士を偲んで
土佐哲也
酵素工学研究会 元副会長・名誉会員、元田辺製薬株式会社 副会長
1983年から1986年まで、「酵素工学研究会」の副会長 (会長福井三郎先生) を務められました千畑一郎博士は、2015年10月2日89歳にて天寿を全うされました。
千畑博士は1948年3月京都大学農学部農林化学科を御卒業後、同年4月に田辺製薬株式会社に入社されました。長年、研究所に勤められ、光学活性アミノ酸の製造とその利用研究に携わられました。特に「酵素法による光学活性アミノ酸の製造研究」は固定化酵素から固定化微生物を触媒として使う、「バイオリアクター」へと発展しました。「バイオリアクター」の世界最初の工業利用として非常に高く評価され、1983年9月米国で開催された「Enzyme Engineering Conference (国際酵素工学会議) 」において、「第1回国際酵素工学賞」を受賞されました。その時の「千畑博士のお姿と記念ガラス賞牌の写真」を添付しておきます。
現在では「固定化酵素」という呼称は一般的になっていますが、千畑博士のご指導の下、筆者らが研究を始めた1960年代では「不溶性酵素」、「不溶化酵素」、「固体触媒化酵素」など色々な呼び方があり、統一されていませんでした。それを1971年の「第1回国際酵素工学会議」で「Immobilized Enzyme」という呼称が勧められ、千畑博士は日本語では「固定化酵素」にしようと提案され、広く使われるようになりました。その後、千畑博士が編集者になられ、筆者の他、共同研究者の佐藤忠司博士、森孝夫博士に加えて、京都大学農学部の松野隆一先生らの共同執筆により、講談社から「固定化酵素」の初版が1975年に出版され、長年、固定化酵素の教科書として多くの研究者に愛用されました。その後、本著の英訳版が「Immobilized Enzymes」として1978年に「A HALSTED PRESS BOOK」から出版され世界的にも良く知られるようになりました。その後、固定化酵素は固定化微生物、固定化増殖微生物へと発展し、動・植物細胞、オルガネラなども固定化されるようになり、これらは固定化生体触媒と呼ばれるようになりましたので、1986年に再び千畑博士の編集のもと、「固定化生体触媒」が講談社から出版されました。
当「酵素工学研究会」は1979年4月1日に発足しましたが、千畑博士は発足時より故福井三郎先生、故岡田弘輔先生、故鈴木周一先生、故鮫島廣年博士、故清水祥一先生らの重鎮と共に会の発展にご尽力されました。特に力を入れられましたのは、日本で「国際酵素工学会議」を開催することでした。そのためには先ず日本の力を結集することが肝要だとして、会議の前までに「酵素工学の成書」を出版しようと考えられ「福井三郎・千畑一郎・鈴木周一編:化学同人刊」の「酵素工学」が多くの先生方、研究者の共同執筆のもと1981年に日の目を見ました。このような下準備の結果、1981年に「第6回国際酵素工学会議」が組織委員長福井三郎先生、Program委員長千畑博士の指揮のもと、また、1989年に「第10回」が組織委員長岡田弘輔先生、Program委員長田中渥夫先生の指揮のもとそれぞれ大成功裏に終わりました。場所の選定につきましては千畑博士が「賢島の志摩観光ホテル」を強く推薦されました。この理由につきましては、本誌の別項目「1981年・1989年国際酵素工学会議と2016年伊勢志摩サミット」と題して拙文を書いておりますので、ご参照下さい。
千畑博士は、田辺製薬では応用生化学研究所所長を経て1985年専務取締役研究開発本部長に昇任され、会社の発展のためには世界に通用する「Innovative Global Product」を創らないと世界に伍して行けないと、研究開発部門の社員を日夜叱咤激励されました。1989年に研究開発部門出身者として初めて代表取締役社長に就任され、「研究開発型国際企業」を目指して会社経営に尽くされました。また、その先見性を薬業会の活動にも発揮され、医薬品産業の健全な発展に尽力されました。経済界からも技術系経営者としての実績・見識を高く評価され、各種団体役員を歴任し、産業界の発展にも力を注がれました。
一方、仕事を離れては、お酒を楽しまれるとともに、工芸、絵画、音楽など幅広い趣味をお持ちであったことは多くの方々が御存知の通りです。
筆者も1957年4月に田辺製薬株式会社に入社後、直ちに千畑博士の御指導を受けることになり、58年間公私共にお世話になったことを、大変有り難く感謝しております。心からご冥福をお祈り申し上げます。
千畑博士は数々の御受章をされていますが、本文中に記述したもの以外で代表的と思われるものを下に記しておきます。
1976年4月 科学技術功労者賞 科学技術長官賞
1977年11月 紫綬褒章
1979年8月 ヴィルタネン記念賞 (フィンランド)
1984年11月 醗酵工学会賞
1995年9月 国家功労勲賞オフイシエ章 (フランス)
2000年4月 勲二等瑞宝章
2001年5月 レジオン・ドヌール勲章シュヴアリエ (フランス)
2015年10月 従四位 叙位