【巻頭言】

分子標的薬の効果とFinancial side-effects

八木清仁

阪大院・薬・生体機能分子化学

 

40年ほど前、主任教授の三浦喜温先生より「固定化生体触媒の医療への応用」という卒論テーマをいただいた。薬学部でありながら研究室の教員4名はすべて工学博士で、当時分析技術や物質生産に応用されていた固定化技術を医療へ展開しようという試みのテーマであった。以来、肝細胞をアルギン酸カルシウムで包括固定したバイオ人工肝臓の開発、骨髄や親知らず由来間葉系幹細胞移植による肝疾患治療などを経て現在は広くバイオ医薬品の開発に携わっている。

バイオ医薬品とは「バイオテクノロジーを利用した医薬の略称」と定義されるが、その進歩には目覚ましいものがある。特に感染症、癌治療の分野で切れ味の鋭い分子標的薬が開発されてきた。筆者の専門である肝疾患治療においてはC型肝炎ウイルス (HCV) 排除に極めて有効な新薬が開発された。標準治療に用いられていたインターフェロンは生体に働きかけて抗ウイルス作用、免疫賦活作用を高めるが、新薬はDirect acting agent (DAA) と呼ばれHCVの増幅に必須なタンパク質を直接阻害することを特徴としている。日本人に多いジェノタイプ1型のC型肝炎患者にはインターフェロン、リバビリンの併用療法では著効率が50%にとどまっていたが、HCV由来タンパク質を標的とする新薬は著効率90%を超し、インターフェロンの静注やそれに伴う重篤な副作用からも解放される画期的な経口治療薬となった。

また2014年には癌治療において画期的な新薬が承認された。免疫細胞上に発現しているPD-1と呼ばれる分子が京都大学のグループにより発見され、後に免疫反応を負に制御しているという機能が明らかとなった。腫瘍細胞はPD-1と結合するPD-L1という分子を発現し、その結合により生体の免疫を回避しているという前提から抗PD-1抗体あるいは抗PD-L1抗体が抗腫瘍効果を示すのではないかという発想が創薬の基となった。外科的手術が困難で化学療法の効果が見られない癌患者に対して当該モノクローナル抗体製剤が有効であり、癌免疫療法として注目を集めた。初めは難治性癌である悪性黒色腫の治療薬として認可され、昨年から年間患者数がはるかに多い一部の肺がんにも適用が拡大された。さらに多種多様な癌への適用が検討されており、癌治療薬としてのポテンシャルの高さが示されている。

さて、上記の画期的な分子標的薬にも当然「影」の面が存在する。前者のDAAはHCV複製、粒子の会合に必須なタンパク質 (NS5A) やRNA依存性RNAポリメラーゼ (NS5B) などウイルス側因子を標的 としていることからインターフェロン投与でみられる重篤な副作用に比べ問題は少ない。しかしHCVゲノムが高頻度に変異することからDAAに対する耐性株が出現することは容易に想像できる。また12週間の経口投与によりHCVRNA量を定量下限値以下に下げることが可能であるが治療費は数百万円を超すことになる。C型肝炎患者は未処置の場合、肝硬変から肝癌へ進行することから、肝癌発症後にかかる医療費を抑える目的で抗PD-1抗体による治療は公的医療費の助成対象になった。その結果、患者負担は高額医療費制度により月額1〜2万円に抑えられるが保健医療行政を圧迫していることは確かである。

近年、既承認薬を用いて新しい薬理効果を見出し他の疾患治療薬とするドラッグリポジショニング研究が行われている。今年になって抗PD-1抗体をアルツハイマー病モデルマウスに投与したところ脳病変の減少、記憶学習能力の改善が見られたとの報告があった。癌免疫に加えアルツハイマー病にも有効となれば、まさに夢の治療薬であろう。しかしながら裏を返せば、一つのPD-1分子を標的とした薬物が多様な影響を生体に与える可能性があり、予期せぬ副作用につながる危険性を秘めていると言える。その点、市販後調査等で注意深く副作用の調査を行っていくべきであろう。また一人の患者あたり1年間で数千万円の治療費がかかり、国内の対象患者にすべて使用すると薬剤費は年間2兆円との予測がある。”Financial toxicity”あるいは“Financial side-effects”という言葉が国民皆保険、高額医療費制度の整ったわが国では患者のみではなく国家財政にも当てはまる。

この副作用を如何に軽減していくかは今後の重要な問題である。年間販売額次第では「特例拡大再算定」制度により行政的には最大50%の薬価引き下げは可能となる。また開発企業側では薬価算定基準となる研究開発費、製造原価の低減を図り、この“Financial side-effects”を解消していくことが必要であろう。個人的には重くのしかかっているこの副作用を軽減する手段を酵素工学・生物工学的側面から提案できればと日々妄想している。具体的には効率的な生産法の開発、豊富に存在する天然物資源の活用など、分子標的薬の持続的な開発を支えるためのアプローチを微力ながら続けていきたいと思っている。

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