【トピックス】
試験管内進化を加速するcDNA displayシステム
埼玉大・理工研
1.はじめに
分子進化を利用したペプチドやタンパク質分子デザインの研究は、1985年のG. P. SmithらによるPhage display法の開発に始まる。Phage display法は現在でも最も有力なウイルス型遺伝子型‐表現型対応付けの進化工学手法であり、抗体工学にも不可欠な技術となっている。一方、本稿で述べる無細胞翻訳系を利用したウイルス型遺伝子型‐表現型対応付けのdisplay技術は、ライブラリサイズの大きさ (phage displayの103以上) に加え非天然アミノ酸導入にも対応することから天然の系とは次元の異なる広範な配列空間の探査を可能とする。
1-1 mRNA display法とcDNA display法
試験管内でペプチドやタンパク質の分子進化に必須な無細胞翻訳系の実用化研究は1988年にロシアのSpirinらによって報告された1)。この報告を端緒とし、無細胞翻訳系を用いた遺伝子型 ‐ 表現型対応付け分子のコンセプトが複数の進化工学研究グループから提案された。そして、ribosome を介してmRNAとそれにコードされたタンパク質を連結するpolysome display2)、ribosome display3)が開発され、続いてピューロマイシンを利用してribosomeの介在なしで直接mRNAと伸長中のポリペプチドを共有結合で直接連結させるmRNA display (またはin vitro virus)4,5)が開発された。これら黎明期の無細胞display技術では、そもそもmRNA1分子に対して1分子のポリペプチドを連結するため、実は、無細胞翻訳系の合成効率はそれほど重要でなくリボソームのターンオーバーよりも、むしろmRNAの分解が大きな課題であった。さらにmRNA displayではmRNA-タンパク質の形成効率は当初1%未満であり、形成の前提となるmRNAとpuromycin-linkerのT4 RNA ligaseによる連結効率ですら18時間反応させても50%以下であった。加えてアクリルアミドゲル電気泳動での連結産物の切り出し精製も必要なため、その手法は実用的とは言い難かった。ファージディスプレイと同等の実用性を発揮させるには、mRNA部分の迅速な逆転写によるcDNA化 (安定化) と効率的な調製法の確立が必要である。これを踏まえ当研究室では、puromycin-linkerに様々な工夫を施すとともに調製過程を洗練することでcDNA display (後述) を開発した。この方法ではmRNAの逆転写と同時にポリペプチドとcDNAを共有結合させるため (図1)、複合体の安定性の飛躍的向上と調製手順の簡素化が実現した。また、通常のin vitro selectionではペプチドアプタマーの候補が得られても、機能の確認のための結合アッセイに多大な手間と時間を費やすのが通例である。筆者らはcDNA display用puromycin-linkerを用いたプルダウン・アッセイや表面プラズモン共鳴 (SPR) 解析による、迅速かつ簡便な機能評価方法も開発した6,7)。たとえスクリーニングプロセスを効率化しても、多数得られる候補分子の機能アッセイが律速となるためスクリーニング期間への寄与は限定的である。つまり、我々はin vitro selectionだけでなく候補分子の効率的なアッセイ法も改良・高効率化することでスクリーニングシステムとしてのcDNA dispay技術の完成度を包括的に高めてきた。


2.cDNA displayシステムの課題とその克服
cDNA display法には当初、調製のステップの多段さに伴うcDNA display分子の収率の低さ、また得られた候補タンパク質に対するハイスループット評価 (相互作用解析) 法の未確立などのさまざまな課題が立ちはだかっていた。ここではその主な課題とそれらに対して講じた解決策を紹介する。
2-1 mRNAとPuromycin-linkerの連結効率
cDNA display分子は、@mRNAとpuromycin-linkerの連結体から無細胞翻訳系を用いてのmRNA display分子の作製、A同分子のstreptavidin (SA) 磁性ビーズでの精製、puromycin-linkerの逆転写プライマー領域からmRNA部分の逆転写を経て調整される。mRNAとpuromycin-linkerの連結は、mRNAの3’末端とlinkerの5’末端との酵素的連結による。mRNA display法が開発された当初は、puromycin-linker大過剰化でのT4 DNAリガーゼないしT4 RNAリガーゼによる連結が行われていた (図2a)。これに対しcDNA display法ではmRNAとpuromycin-linkerをハイブリダイゼーションさせることでT4 RNAリガーゼの反応効率を高めた8)。ハイブリダイゼーションにより連結効率は大きく改善したものの、初期のcDNA display法で使われたpuromycin-linker (long biotin-segment puromycin-linker; LBP) では、mRNAとLBPのモル比1:4において1時間程度の反応を要した (図2b)。 さらに、酵素反応後に精製が必要なためハイスループットは望めない。そこでpuromycin-linkerの構造を改良することによりshort biotin-segment puromycin-linker (SBP) を開発し (図2c)9)、mRNAとlinkerのモル比1:1における10分の反応で90%以上の反応効率が実現した。しかも、puromycin-linkerが残存しないため反応後の精製も不要であり、mRNAとpuromycin-linkerの連結反応液を直に無細胞翻訳系に添加することができるようになった。


mRNA display法では、mRNAとpuromycin-linkerの連結への架橋剤 (ソラレン) の活用が検討されてきた10)。puromycin-linkerの5’末端にソラレンを導入し、mRNAとlinkerのハイブリダイゼーション後に紫外線を30分程度照射するとmRNAとlinkerの連結がもたらされる。この方法は酵素に依存せず操作も簡単なため、mRNAの任意の箇所での連結が可能であるとともにハイスループットでもある。しかしソラレンを用いた方法では、紫外線 (300 nm>) 照射によるmRNAの損傷が不可避で、逆転写効率の低下が報告されている11)。この問題を克服すべく当研究室では最近、北陸先端科学技術大学院大学の藤本らが合成した光架橋剤3-Cyanovinylcarbazole (cnvK) を用いたpuromycin-linker (cnvK linker) を開発した (図2d)12)。cnvK linkerでは1分程度の紫外線照射でmRNAとlinkerを素早く連結できるため、mRNA損傷の飛躍的軽減とmRNA分解の抑制が実現した。前述のようにcnvKはlinkerの末端だけでなく配列内にも導入できることから、linker設計の自由度を高めるとともに、酵素進化などさまざま用途でのpuromycin-linker開発への展望を開いた。
2-2 cDNA display分子作製の効率改善
cDNA display分子の調製自体の簡便性・迅速性は向上しているが、モデルタンパク質としてB-domain of protein A (BDA) を用いた際のcDNA display分子の収率は投入したmRNAとpuromycin-linkerの連結体のわずか1%程度だった。収率向上のため、まずmRNA display分子のSAビーズへの固定化条件を検討した。無細胞翻訳によって得られたmRNA display分子のmRNAにはリボソームが結合したままであり、このリボソームに起因する立体障害がSAビーズとの接近を阻んでいると推察された。そこで、無細胞翻訳後の溶液にEDTAを加えてmRNAからリボソームを解離させた後にmRNA display分子のSAビーズへの固定化を試みたところ、固定効率は約20%向上した。さらに90%以上の固定効率を得るには文献値の100倍程度のSAビーズが必要であることが判明した13)。これらの工夫により、約90%以上の効率でmRNA display分子を回収できるようになった。cDNA display法では、翻訳を免れたcDNA/mRNA-linker分子を取り除く目的でcDNA display分子のタンパク質部分にHis tagを導入してあり、Ni-NTAビーズを用いてcDNA display分子を精製する。従来はSAビーズからのRNase T1による脱離にはRNase T1用のBufferを用いており、このBufferをHis tag精製に持ち込んでしまっていた。しかし、Ni-NTAビーズ用のBufferでもRNase T1活性が発揮されたことから余計なBufferの持込が解消され、収率の向上と手順の簡素化ができた。これらの改善により、BDAでのcDNA display分子の作製における収率は17%に向上した (図3)。すなわち, 従来のcDNA display法に比べてライブラリサイズが実質的に一桁以上増大したことから、実用的な方法の域に達した。


2-3 無細胞翻訳系を用いた分子間相互作用解析
cDNA display法などの試験管内淘汰実験では淘汰後に複数の候補配列DNAが得られる。従来は得られた候補配列DNAの情報を基に大腸菌での発現や化学的ペプチド合成を経てその機能を解析してきたが、試料調製に費やす時間とコストが膨大なうえ、表面プラズモン共鳴分析法 (SPR法) などによる相互作用解析には過剰な量が得られ大半は無駄にならざるを得なかった。そのため、候補配列DNAから迅速かつ安価に適量のタンパク質やペプチドを合成し、機能解析に供する手法が望まれた。そこで当研究室ではpuromycin-linkerと無細胞翻訳系を組み合わせた下記の方法を開発してきた。
一つめは淘汰された配列由来のペプチドやタンパク質の分子間相互作用を定性的に解析するPull-down法である。まず、得られたmRNAに専用のpuromycin-linkerを連結して無細胞翻訳系を用いて翻訳することによってmRNA-linker-タンパク質複合体を合成する。その後、mRNA部分の分解を経てlinkerを介しタンパク質を磁性体ビーズに固定する。そして、このタンパク質固定化ビーズをPull-downに用いる。すなわち、標的分子のタンパク質固定化ビーズへの結合量を相対的に評価する (図4)6)。なお、タンパク質は磁性ビーズに固定化されているため、ジスルフィド結合や化学架橋を有するタンパク質に対する相互作用解析も容易である14)。この手法を用いれば、得られた配列のうち最も強く候補分子と相互作用ものを短時間で絞り込むことができる。


もう一つは、表面プラズモン共鳴 (Surface Plasmon Resonance; SPR) 測定装置 (Biacore) で分子間相互作用を定量化する手法である。この手法では、poly Aとビオチンを配したpuromycin-linkerを用い、翻訳産物をオリゴdTビーズにより回収する。その後、産物をstreptavidinセンサーチップ上に固定化し、SPR測定用リガンド分子として相互作用を解析する。モデルとしてのBDAとIgGの相互作用を解析でmRNAを未分解のまま解析したところ、文献値よりも1桁大きい解離定数となったが、mRNAを分解することで文献値と同等の解離定数が得られた (図5)7)。


大腸菌でのタンパク合成や化学的ペプチド合成といった従来方法では結果を得るのに1〜2ヶ月を要していたのに対し、上述の2つの手法ではいずれも1〜2日で解析可能であり、試験管内淘汰実験で得られた候補配列の分子間相互作用の迅速解析への道が拓けた。
3.おわりに
ピューロマイシンにDNAを介してmRNAを連結させて無細胞翻訳系で翻訳させるとmRNAとタンパク質が連結するというin vitro virus (mRNA display) 法の発見から今年で20年となる。この間、国内外において創薬分野を中心として、この技術を扱うベンチャー企業の設立が相次ぎ、すでに大きな成果を挙げつつある。しかしながら、大腸菌を用いたファージディスプレイ法と比べ既存の遺伝子工学の延長としては難しい面もあり、mRNA display法は未だ一般的な技術には至っていない。最近、cDNA display法への改良がなされて安定性が高まるとともに、cnvKリンカーの導入による迅速化と簡易化がもたらされたことで、分子生物学系の研究室であれば気軽に扱うことができるようになった。cDNA displayシステムはファージディスプレイの少なくとも1000倍のライブラリサイズを有するとともに、遺伝子型 (cDNA) と表現型 (タンパク質) が極めて単純に共有結合した分子形状であるため、様々な条件下での選択にも対応可能である。したがって、創薬を志向した親和性探索だけでなく、酵素に関する触媒機能探索においても重要なツールになりえる。さらに、有機溶媒中で活性を示す“ネオバイオ分子”とでもいうべき生体高分子の探索や生体物質・一般有機化合物複合化による超複合分子の創生など、アイデア次第で種々の新規分野を開拓できるものと期待される。
謝辞
cDNA display技術の改良に多大な貢献をしていただいた北陸先端科学技術大学院大学の藤本健造教授、産業技術総合研究所特別研究員の望月佑樹博士、その他、紙面の都合で記載できませんが多くの研究室の学生の方々に深く感謝いたします。また、この度の貴重な執筆の機会をいただきました大阪府立大学の藤井郁雄教授、円谷健准教授にも心より感謝申し上げます。
文献
1) Spirin, A. S., Baranov, V. I., Ryabova, L. A., Ovodov, S. Y., Alakhov, Y. B.: Science., 242, 1162 (1988).
2) Mattheakis, L. C., Bhatt, R. R., Dower, W. J.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 91, 9022 (1994).
3) Hanes, J., Plückthun, A.: Proc Natl Acad Sci USA., 94, 4937 (1997).
4) Nemoto, N., Miyamoto-Sato, E., Husimi, Y., Yanagawa, H.: FEBS Lett., 414, 405 (1997).
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6) Mochizuki, Y., Kohno, F., Nishigaki, K., Nemoto, N.: Anal Biochem., 434, 93 (2013).
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