【巻頭言】
酵素関連リテラシー
臼井直規
味の素株式会社
大学研究室に所属する前のことである。学生実験で、目に見えない酵素が固定化酵素として簡単に手で扱えるものとなり、しかも反応を触媒するのに驚いた。回収が簡単で、何度でも使える。数100日も活性を維持する応用例も教えていただいた。「目的酵素が何をしてもカラムから溶出してこなくなった。活性自体は樹脂に残っていたが、精製そのものは暗礁に乗り上げた。しかし、ここで発想を転換し固定化酵素として使おうと考えた。」と言う、研究着手に関する秘話も実に新鮮に映った。これが自分にとって酵素の関わりの始まりだった。
その後、社会人となった。企業に入ると研究に専念する人もいるが、様々な業務へと展開していく人もいる。自分は研究職として入社したが、あまりよい研究者ではなかった。入社直後こそ酵素による物質生産の研究をしていたが、10年も経つと企画管理部門を転々とすることになった。だが、この間の経験は非常に有益なものであった。研究成果の実用化には、非常に多くの因子が複雑に絡んでいて、様々な専門性をもつ方々の参画が必須であることを学んだ。また、研究成果がどんなに優れていても、内外の環境が整わないと実用化がかなわないことも学んだ。
2001年にはバイオインダストリー協会 (JBA) への出向の機会を得た。JBAではバイオ産業人会議の事務局として、バイオ産業振興のための産業界の意見を提言書にまとめた。酵素だけではなくバイオ産業全体に関わる提言ではあったが、経産省、経団連や製薬協、企業の研究開発リーダーの方々から直接お話を伺う機会をえて、規制緩和や政策提案など、一社では到底克服できない因子の重要性を教えていただいた。この提言内容は、当時の小泉首相主宰のバイオテクノロジー戦略会議で策定された「バイオテクノロジー戦略大綱」にも反映されることになった。
その後、科学技術振興機構 (JST) での文科省振興調整費プログラムオフィサー、当社広報部でのうま味広報など、なかなか経験しがたい貴重な業務を担当してきたが、2014年に当社研究所で研究管理の業務に就いた。久しぶりの研究所勤務で研究機器や手法の進歩には驚くばかりではあったが、バイオ関連の研究開発にとって酵素は非常に重要な位置づけであることは全く変わっていなかった。当社の最新研究にも比較的早くキャッチアップすることができた。酵素とはかけ離れた仕事を長く行ってきたが、この間、時に研究会の講演会や懇親会で、最新の研究や企業での開発の状況を教えていただいていたおかげで、ある程度の酵素リテラシーと言うべきものを維持できたからと感謝した。
酵素工学研究会の皆さんは、高い「酵素リテラシー」を持たれている。酵素に関する長年の研究や開発など、一人一人が素晴らしい経験を積み、その本質を内に秘めている。本研究会にはこうした経験深き者が集い、「酵素」と言うキーワードの下、様々な議論を行う。その領域は広く、深く、驚きに満ちている。高い酵素リテラシーを持たれる皆さんにとっても、何らかの気付きを得るよい場になっているに違いない。こうした気付きが、新しいことやその進展に繋がっていくと思うと高揚してくる。幸いにして本研究会は研究だけでなく、実用化までの広い領域をカバーする研究会である。自分のように酵素リテラシーというよりは「酵素関連リテラシー」と言うべきものしか持ちえないものでも、何らかのお役に立てるのではないかと思っている。産業界に限ることではない、もっともっと素晴らしい酵素関連リテラシーをお持ちの方も多いことと思う。多様な経験をお持ちの方がこの議論に加わって欲しい。今は協業・共創の時代である。研究会での交流が人を育て、様々な経験知が集約されることにより何かが生まれることを切に願っている。
今年、本研究会の副会長を務めさせていただくことなりました。研究会への貢献は、酵素工学ニュースの企業・業界ニュースを10年程担当したことと、研究会HPで閲覧できる酵素工学ニュースバックナンバーをスキャンしたこと (やや傾いているPDF画像があるのは私のミスです)、ポスターセッションを懇親会と同時開催することを提案したこと (貢献?) ぐらいで、副会長にご使命いただくとは全く思っていませんでした。今後は、跡見会長を上田副会長とともに支え、多くの方に有意義と感じていただける研究会にするよう努力していきたいと考えております。ご指導のほど、よろしくお願いします。