【巻頭言】

酵素の専門家に協力をお願いしたいこと

藤田朋宏

株式会社ちとせ研究所

 

私は今年で49歳である。

人生の諸先輩方は同意していただけると思うが、人生とは気がつくともう49歳になっているものなのだ。私より若い人は、びっくりするほどあっという間に49歳になるから今日からホントに気をつけて欲しい。

つまりもう30年近く、私は広い意味でのバイオテクノロジーの業界で色々な研究に携わってきたことになる。30年もこの業界に居れば、様々な形で酵素との関係は切っても切れないのは間違いないのだが、私自身は直接的に酵素の研究をしたことは無い。にもかかわらず、酵素工学ニュースの巻頭言を書いて欲しいと頼まれてしまったのである。

こんな私がこの依頼を受けて良いのか実は生真面目な私なりに迷ったのだが、よくよく考えると以前から、酵素の研究に携わる皆さんに協力を依頼したいことがあるぞと思い出し、また、そもそも酵素の研究をしたことがない人間に、巻頭言を頼む方も悪いぞと思うことにして、オファーを受けることにした。

冒頭で書いたとおり、バイオテクノロジーの業界のあちこちを長年チョロチョロ動き回っていると、酵素の研究を生業にするとても優秀な方々と話をする機会がそれなりにある。私は、そんな方々と話す機会があるときはいつも同じ質問をするようにしている。

その質問とは「任意の化合物を得るための反応を起こすための酵素を、自由に設計できる時代はいつごろ来ると思いますか?」である。この質問をすると、タンパク質工学やAIなど様々な研究分野の最新の事例を教えてもらえるし、何より私が質問をした人の研究への姿勢や、さらには人生観や正義感までもがよくわかる。

私がこの質問をした後は、だいたい現在の日本の科学政策の問題点の話に移行する。迂闊にも内閣府の委員なんかを拝命することになっている私が「確かにそう思うので、なんとか頑張って政府に言ってみますが、バイオテクノロジーのことなんか全然わかってない偉い先生方の発言権が、政府内で大きすぎて、私なんかが何を言ってもどうにもならんのです。」と、自分の力の足りなさを侘びて終わるのがいつものパターンだ。

話を私のお決まりの質問に戻す。私の質問に対する酵素の専門家の皆様の答えはいつも同じで「任意の反応を起こすための酵素を自由に設計できる時代は、まだ当面は来ない。」というものである。もちろん、そんな時代が来るまでの期間についての意見には差があるものの、とにかく、今すぐに酵素反応を自由に設計できるような話ではないという点では、多くの先生の見解は一致している。

ところが、近年「合成生物学」の業界にいる人達は「今すぐにでも、自由な化合物を合成生物学で作られた微生物で発酵生産できる。」かのようなプレゼンを投資家や政治家にして、あちこちで既に莫大な研究費を集めているという事実がある。

あらゆる反応のための酵素が既に揃っているわけでもなければ、AIで酵素を自由に設計できるわけでもないのだから、目的の化合物を生産する微生物を自由に設計できる時代が既に来ているわけがないのだが、どういうわけか「合成生物学」の業界では、景気の良いことを言うのが自分の仕事だと思っている学者や、その学者をサポートしてお金を集めてくる投資家や経営者、さらに近頃では行政や政治家まで口々に「今すぐ合成生物学に投資しないとバスに乗り遅れるよ!」と言うのである。

そんな人達に「いやいや。そんな時代はまだ来ていませんよ。」と言う事実を丁寧に説明すると「藤田さんは不勉強だ。今、米国では、、」と、酵素や微生物の仕組みどころか、酵素と酵母の違いもわかってなさそうな人に、怒られてしまう始末なのである。

ここで明言しておきたいのは、私も、そのうち合成生物学を駆使して様々な物質を生産する時代がやって来ることを期待しているし、少しでも早くそんな時代が来るようにするために奮闘している人間の一人だということである。にもかかわらず、PCRが感染症の検査手法の名前だと思っていそうな人に「不勉強だ。技術の進歩は早いのだ。」と言われてしまうと、もはや私にはどうすることもできない。

日々、そんな苦悩を抱えている立場としては、「そうだ!きっと酵素の研究をしている皆さんなら『嘘だと知らずに嘘をついている人に、それは嘘ですよという仕事』に協力してもらえるのではないか!」そう考えて、この巻頭言を書くことにしたのである。

もし、何か協力して頂ける方やいいアイデアをお持ちの方が居ましたら、私に連絡を下さい。