【巻頭言】

多様性の尊重のご時世

武田 穣

横浜国大院・工

 

巻頭言を仰せつかりモニター画面と長らく対峙した末、意を決し筆を進めるしだいである。躊躇の最も大きな要因は、小職の酵素との関り方が基礎的で応用面での生産性に乏しいという否めない事実にある。酵素工学の王道からはやや外れた模索の過程を記すことを、多様性尊重のご時世に免じてお目こぼし願いたい。

小職は細菌の凝集や付着に関与する菌体外高分子、特に微細構造体 (中空糸) を形成する高分子、に着目し続けている。細胞は中空糸内で一列に連なって増殖する。個々の細胞が世代を超えて協調し、一つの微細構造体 (中空糸) を成す仕組みを理解できれば、斬新な微細加工技術の開発の端緒となると妄想するのである。

中空糸を成す細菌はプロオバクテリア門とバクテロイデス門で見つかっており、β-プロテオバクテリア綱のSphaerotilus属とLeptothrix属がよく知られている。両細菌の中空糸形成に必須な糖転移酵素遺伝子が産総研と筑波大学を中心とするグループの研究でいくつか特定されている。この研究に部分的に関与しつつ、小職は中空糸の調製と化学的実体の解明に挑んだ。その構想は、①酵素と界面活性剤を作用させて溶菌し残渣として中空糸を得る、②中空糸を唯一炭素源として分解菌を探索・単離する、③分解菌の培養液から中空糸を特異的に分解する酵素を得る、④中空糸の酵素分解物を精製し構造決定することによって全体構造を予想する、という単純なものだった。当初は高純度な中空糸が得られず、単離できるのはポリヒドロキシ酪酸 (PHB) 分解菌ばかりだった。PHBを酵素分解すれば高純度な中空糸が得られるはずと開き直って、高温でのPHB除去 (分解) を目指して温泉からPHB分解菌を単離し、耐熱性PHB分解酵素を得た。高温での酵素処理でもPHBの除去は困難との結論に至り、耐熱性PHB分解酵素と新種の存在を示したに過ぎなかった。

培養条件の改良で高純度な中空糸が得られるようになり、新種の中空糸分解菌および新規な分解酵素 (多糖リアーゼ) を見出すに至った。酵素分解断片の構造決定を経て、Sphaerotilus natansの中空糸をもたらす複合糖質の化学構造を決定したのは着手から約18年後だった。その後、当該複合糖質に存在するチオール基を利用した蛍光染色によって、中空糸の伸長が両末端でのみ起こること、言わば積層型3次元印刷がなされることを確認した。類似の手法を用いてS. montanusL. cholodniiの中空糸を調べ、それらが似て非なる高分子による造形であることを見出した。さらに、γ-プロテオバクテリア綱に分類されるThiothrix属の中空糸は全く異なり、塩基性多糖による全域 (割込み) 伸長により形成されることを明らかにした。塩基性多糖の主鎖はグルコースとグルコサミンの共重合体で、セルラーゼとキトサナーゼの両方の基質となり得ることがわかった。そして、同一基質ゆえに両酵素の基質認識機構の違いの明確化という副産物が得られた。

プロオバクテリア門の中空糸についてはある程度の知見が得られたので、手始めに行った培養条件検討では、バクテロイデス門の中空糸形成細菌がヒアルロン酸を速やかに分解することが判明した。一方、ゲノムにはヒアルロン酸分解酵素がコードされておらず新規酵素の存在が示唆された。環境微生物によるヒアルロン酸分解はほとんど調べられていないことから捨て置けず、培養液から酵素を精製し遺伝子を特定したところ、データベースではキサンチンオキシダーゼ遺伝子して登録されていた。精製酵素にその作用はなかったものの酸化還元補酵素は検出されたため、何らかの酸化還元活性も兼ね備えた多糖リアーゼと察せられる。既知のヒアルロン酸リアーゼ (当然ながら酸化還元補酵素は不要) とは似ても似つかぬ酵素であり、奇想天外な触媒機構が予想される。

タンパク質のフォールディング予測もデータベース (ビッグデータ) あっての先端技法であり、地道にデータベースを充実し続けない限り真の発展は見込めない。メタゲノミクスとマスペクトロメトリーの活用で急速に発展しているマイクロバイオーム解析も、データベース依存型の手法であり、状況は同じである。際物を一貫して扱っているせいか、極限環境のマイクロバイオーム解析を専門とする研究者から核心に迫りたいと菌株の単離に協力を求められることがある。やはり古典的技法の伝承と改良も疎かにすべきではないと、多様性というささやかな免罪符に縋るのである。